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第5日目午後

 フィレンツェ −183km− オルビエート − 世界遺産ローマ歴史地区観光(コロッセオ、トレビの泉、スペイン広場、スペイン階段)−ヴァチカン観光(サンピエトロ寺院)−免税店ショッピング −31km− 【ポメツィア泊】



ローマの遺跡「コロッセオ」



15:50 遅い昼食が終わり出発 しました。赤やピンク、白のキョウチクトウが咲き乱れるイタリアの道路際です。


道路補修か何かの工事中です。日本と変わらない風景です。


城壁か水道橋か?バチカン市国に入ります。


バチカン市国隣のジャンコロの丘の下に広い地下駐車場がありました。
ローマは何処を掘っても遺跡だらけで、丘の下なら何もないので地下駐車場ができたとのことでした。


外に出るとサンピエトロ広場の向こうに美しい大聖堂が見えました。
残念ながら大聖堂の内部に入る時間はありませんでした。

324年コンスタンティヌス帝が聖ペテロの墓上に25年をかけてカトリックの総本山として教会を建て
ました。その後、ユリウス2世が1506年から120年をかけて再建。ラファエロ、ミケランジェロなどが
設計したそうです。


手前には半円形状に並んだ列柱が右と左に分かれてありました。
列柱は4本ずつ並んでいます。


サン・ピエトロ広場は楕円形になっていて、2つの焦点の地点に立って見ると列柱は1本ずつしか見えません。
17世紀にベルニーニが設計した広場は長径200mの楕円形をしていて、列柱回廊の上には140人の聖人像が立っているそうです。


これが2つの焦点のひとつです。


法王がミサなどの時に広場を訪れる参拝客にあいさつをする建物で、
上から2番目で右から2番目の窓からお顔を出されるそうです。
次はコロッセオに向かいました。


17:17 バスはテヴェレ川岸を走ったあと橋を渡りパラティーノの丘に近づきました。


バスはパラティーノの丘の皇帝の宮殿跡を横目で見ながら通り過ぎます。


コロッセオ入り口には312年に建てられたコンスタンティヌス帝の凱旋門がありました。
正義の戦いにより国家を守ったのでローマの元老院と市民が
この凱旋門を捧げるという碑板が中央に掲げられているそうです。
後に作られたフランスの有名な凱旋門の元になっているとのことでした。


コロッセオを初めて見た印象はやけに穴が空いているな、銃弾の跡か、それにしてもきれいに
並んでいるな、でした。これは鉄の緊結材を大戦中に兵器の資材として掘り出した跡だそうです。


私たちのツアーは外周を歩いただけです。


アーチ型にあいた場所からのぞくと、ところどころで中まで見えました。
ここには十字架が見えました。
教皇ベネディクトゥス14世が、石採り場となってしまった古代遺跡を守るため、
コロッセオを霊場として殉教者を祀る十字架を建てたのだそうです。


剣闘士の格好をして、観光客が写真を撮るとチップをもらう人がいます。
うかうか一緒に撮影したりしていると、ぼられるから要注意だということでした。


コロッセオは復元はせず、崩れないように支えるだけという保存方針だそうですが、
この部分だけは内側に壁を造りその中をエレベータが上下して観光客を運んでいます。
コロッセオはこれで終わり、次はトレビの泉です。


18:37 トレビの泉です。
後ろ向きにコインを投げると、再びこの地に来ることが出来て幸運に恵まれるということです。
1枚だけ投げると一人で来る、2枚投げると今一緒の2人で来る、3枚投げると今と違った人と来るそうです。


先の写真ではわかりませんが、実はこんなにたくさんの観光客に囲まれているんです。
人をかき分け一番前に行ってくるっと後ろを向き、コインを投げるって勇気がいると思いませんか?


トレビの泉から歩いてすぐのスペイン広場の階段です。
上の建物がトリニタ・デイ・モンティ教会で、本来は教会に続く
トリニタ・デイ・モンティ階段というそうです。
スペイン大使館があったとか、近くにある?とかから俗名がついたらしいです。


上から見ると、ここも観光客で一杯で下の噴水が一部しか見えません。
暑いのでみんな日陰に固まっていますね。
よく、下の噴水から見上げたような写真がよくありますが、今日はだめでした。


共和国広場のロータリーは噴水になっていました。
向こうにはサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会があります。
ミケランジェロが遺跡の中に調和するデザインを考えて教会を建てたと聞きました。
ここでは今年の2月15日ガリレオの誕生日に復権を認めるミサをローマ法王が行ったようです。


噴水を挟んで教会の反対側の宮殿跡?の一角に入居している三越ローマ支店でお買い物タイムです。
ここは映画「ローマの休日」にも出てきた、国際通りを挟んで左右対称の美しい建物です。


どういう訳か、三越のトイレ入り口に美しきクレオパトラと、


悩み多いシーザーの胸像がありました。


ヴェネト通りでは、「『コンデナスト トラベラー』誌の2007年「ゴールドリスト」
にも輝きました。」というふれこみの高級ホテル 「ウェスティン エクセルシオール,
ローマ」が見えました。


バスはローマ北部の城壁を出て、30km離れた場所に夕食に向かいました。


城壁に沿って進むとポポロ門がありました。ここはポポロ広場の外側になります。
この広場には紀元前1200年にエジプトで作られたオベリスクが立っています。
巡礼者のローマへの入口に当たり、交通の要衝であり、ポポロは「市民」の意味だそうです。


バスはポポロ門では停まらずにそのままテヴェレ川を渡りました。
もう午後8時を過ぎているのに、こんなに明るくまだ夕陽が差しています。


バスの窓から見ていると屋根の上に馬車の像が乗っています。
ここは最高裁判所だそうです。


円形の建物の上に四角い建物が乗っているのがバスから見えました。サンタンジェロ城です。

ローマ皇帝ハドリアヌスが自分の墓として123年に完成させたもの。その後、町を護る要塞としての
役目を与えられ、また13世紀には教皇が城壁をバチカンまで延ばし城壁上の通路により隠密に
行き来できるようにしたといいます。


20:25 さて、夕食の場所にやってきました。
剣闘士とライオン像が迎えてくれました。


カンツォーネ・ディナーということで、男女の歌い手がテーブルをまわって
歌ってくれました。

 泉や教会などにたくさんある彫像は目を見張る美しさでした。仏像や仁王様などの彫像とは違うようですが、通じる部分もあると思いました。しかし、それを見て楽しんでいるうちはいいのですが、大きな城壁の必要性やコロッセオの血なまぐささ、いくつかある祖先の伝承などを思うと、私たち島国民族とは全く違うDNAが流れているんだなあと感じました。

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