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第2日目午後

 〜 ドバイ 〜 ミラノ着13:45 ミラノ観光(ドゥオーモ入場見学、ピットリオ・エマヌエーレ2世アーケード、スフォルツェスコ城、ショッピング)  −271km− ベネチア 【メストレ泊

事前学習
ミラノについて
 ミラノは日本の稚内市とほぼ同緯度(北緯45度28分)。首都ローマに次ぎ第2位の大きい都市。北部イタリアでは最大の都市。商業、工業、金融の中心。観光地としても有名。
 2006年5月31日時点の人口は1,303,670人。
 古くから服飾・繊維産業などファッション関連の産業が盛ん。航空産業や自動車産業、精密機器工業なども発達。
 オリンピックの開催されたトリノは100kmほど西方にある。

事前学習のためミラノの年表を作りました。


ビットリオ・エマヌエーレ2世アーケード



13:43 午後2時前にミラノ空港に到着しました。いよいよイタリアです。


預けた荷物が出てくるかどうか心配なひとときです。


ツアーの専用バスに乗り空港を出ると近代的な建物が目に入ります。
イタリア一番の産業、商業都市ミラノです。
これから数日間を通してお世話になったドライバーのペペさんはソレントから来たそうです。


イモムシのような電車が走っています。路面電車はイタリアではトラムというそうです。


こんなトラムもありました。おもしろい変則交差点ですね。信号も珍しい。


ミラノ市内で初めて観光のためバスが止まった所は、スフォルツェスコ(スフォルツァ)城でした。
1450年にミラノ公爵フランチェスコ・スフォルツァがヴィスコンティ家の居城を改築して現在の姿となり、
現在はミケランジェロの最後の作品「ロンダニーニのピエタ」などが展示される美術館として開放
されているそうです。ここは5分間ぐらいの写真タイムで、すぐバスに乗り次に向かいました。


ひもの結び目をモチーフにしたオブジェです。市民の絆とか団結を意味するそうです。
イタリアらしい色彩だし、いい作品だと思いました。


電車の軌道も車道も敷石が敷かれています。


さすがに歴史のある町です。こんな古めかしい建物もありました。


広場にやってきました。ミラノ市庁舎だそうです。


反対の面はオペラが催される有名なミラノスカラ座です。
1776年に焼失したオペラ劇場のあと、1778年に完成した劇場です。
当時はオーストリア領だったため、建設を許可したのは女帝マリア・テレジアだったそうです。


スカラ座の前の広場に大きな像が立っています。だれでしょう?


レオナルドという文字が見えました。ダビンチのことですね。
周りには彼のお弟子さんが立っているようです。


広場の1面は大きな銀行のようです。


2階建ての建物の上にかかる、背の高いガラス屋根のアーケードです。
統一イタリア初代国王ビットリオ・エマヌエーレ2世の名を冠したガレリアです。
1865年から12年をかけて造られたそうです。


ガレリアの表示を見つけました。


十字型に並んだアーケード商店街の交差点にあるドーム。


交差点に面した四つの面には世界をあらわす壁画がありました。
ここを進むとドゥオモ広場に出ました。


ドゥオモ広場側から見たガレリアです。


ゴシック建築の傑作とされる、幅約93m、奥行き約158mのドゥオモ(大聖堂)。
後期ゴシックの装飾の緻密な美しさに目を奪われる。約30分の自由見学でした。


135本もある尖塔にはそれぞれ人物像が立っています。
金色の像はマリア像だそうです。


中央入口から上を見ました。細かい彫刻がたくさん張り
付いています。いくら加工しやすい石灰岩といっても
この彫刻の数には圧倒されます。


ドゥオモ内部の礼拝堂です。9世紀にできたサンタ・マリア・マッジョーレ
教会を取り壊した後に1386年から約500年をかけて完成したそうです。


ステンドグラスは側面にもありますが、奥のものは枚数が多くサイズも大きく美しい。


1965年には扉が青銅に置き換えられたそうです。


広場の中心にはビットリオ・エマヌエーレ2世の大きい騎馬像がありました。


大きい建物がバス移動の途中にありました。どうやらミラノ駅らしいです。


夕刻になり面白い空模様になりました。
こちらでは午後8時でもまだ夕方のように明るいです。


明日の見学地はベネチアです。ホテルに入る前にレストランで夕食でした。


シタヒラメのムニエルか。レモンをたっぷりかけて食べるとあっさりして
日本人好みの味だと思いました。ホテルには23:00頃に着きました。

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