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第7日目

 11月17日 カイロ(エジプト考古学博物館観光、オールドカイロ、ハーンハリーリバザール) − カイロ空港 (機中泊)  

<事前学習>

・ナイル川河畔の交通の要衝として中世に建設されてより現在にいたるまで長い時代を通じてイスラム世界における学術、文化、経済の中心都市でありつづけた中東屈指の大都市である。現在においてもカイロ首都圏(ナイル河西岸のギーザ市含む)の人口は1525万人(2004年)を数え、アフリカ大陸、中東地域いずれにおいても最大の人口を有する。 エジプトの乾燥した大地にナイル川が形作った肥沃なデルタ地帯のほぼ中央、要の位置にあたり、イスラム帝国が7世紀にエジプトを征服したとき、征服者アラブ人の住まう軍営都市(ミスル)が置かれて以来のエジプトの首府である。

・本語でよく知られる都市名のカイロは、英語名の Cairo に由来しており、現地語であるアラビア語ではカーヒラ(al-Qahira; 現代エジプト方言ではカーヘラ)という。しかし、現在でもミスル(misr; 現代エジプト方言ではマスル)という通称がよく用いられる。ミスルの名は、この町を首府としてきたこの地域の地名としてアラビア語に取り入れられ、アラビア語で「エジプト」のことをもミスルと呼ぶようになっている。
カイロの中心市街はナイル川の右岸、東側に位置する。ナイルをはさんで対岸の西郊には、ピラミッドで有名なギーザの町がある。町の南は古代エジプトの中心都市のひとつ、メンフィスである。(引用は2008年のWikiだが現在抹消されている)


<レポート>


 朝日の差し込むホテルのレストラン。エジプト最後の朝食です。
 荷物を片付け、トランクに入れ、ラムセスヒルトンで3日間暮らした部屋を去ります。
 この朝、私は大失敗をしてしまいました。レストランで食事後、席の椅子にバッグをかけたまま
自分の部屋まで戻っていたのです。5分後ぐらいに気がついてレストランの自分が座っていた席
に取りに行ったのですが何もありません。
 出発まで時間がないのにと、一瞬途方にくれました。そして、近くに来たホテルマンに言いました
"I left my bag here."。全く使ったことがないのによく、こんな英語が言えたものです。

 幸運にもそのホテルマンはそのことを知っていたようで、うなづきながら、英語で「私はセキュリ
ティだ。ホテルが保管しているから、ついてこい」というようなことを私に言った、と思います。
ついていくとレストランの入り口で彼は係に訊き、ホテルのフロントで訊き、そして最後に倉庫へ
行って持ってきてくれました。
私は"Oh my bag !"と思わず言っていました。彼に訴えてから、10分足らず。すばやく忘れ物が
私に戻ってきたのでした。
さすがは5つ星ホテル、ラムセスヒルトンだと思いました。が、バスで出発してから、彼に"thank
you"を言うことを忘れていたことに気がつきました。


朝日に煙る首都カイロの朝


バスは城壁をくぐって進みました。


オールドカイロといわれる地域の入り口にかかっていた地図


こんなところから入るんです。何か秘密めいた感じですね。


突然、古本屋さんか、画廊かという雰囲気です。


まだ、朝早いので店が開いていませんでした。
この先、たぶん、聖セルギウス教会に行ったのだろうと思
いますが、教会は撮影禁止だったので、写真がありません。
なんでもその教会の地下に洞窟があり、そこに聖家族
(イエス、マリア、ヨセフ)が隠れ住んでいたらしい。


国会議事堂と言っていたように思う。ムバラクさんが立っている。


朝、さよならしてきたホテルが見える、その手前に
エジプト考古学博物館がどっしりと腰を据えています。


門前です。さすがに入館希望者が多いですね。


私たちは行列とは関係なく、まっすぐ入りました。
ここの中も撮影禁止でした。
ツタンカーメンの4重の厨子や副葬品を中心に見て回りましたが、
それだけでツアーの設定した見学時間が終わってしまいました。
ここはもっと時間があるといいのにと思いました。


通りの向かい側に本屋さんがあり、本や絵を売っていました。
ここで、歴史の国エジプトという本を買って来ました。


カイロタワーとナイル川クルーズ船です。


昼食はナイル川沿いの明るい店でした。


エジプト家庭料理だそうです。
エイシもいいけど、やはりごはんの入っているコシャリがいい。
それよりもビールがいい!


対岸には公園のように整備された場所が見えました。


午後はお買い物タイムでした。
どれだけ値切ってたくさん買うことができるか、用意ドン。
集合はこのタワーが目印です。


アラブ最大の市場、ハンハリーリ・バザールがこの後ろに広
がっています。昔は奴隷もここで売り買いしていたそうです。


小さな通りや大きな通りが交差して、小さな店が並び、複雑に広がっています。


これは大きい通りです。
布や皮の手縫いのバックや水パイプ、ガラス器、銀製品、
等々さまざまな店があり、高級品やそうでないもの、ニセモノ
などいろいろ玉石混淆あり、見る目と値切る策で、それこそ
自己責任です。


時間が来ました。
バスはハイウェーに乗りました。


バザール地域とお別れです。


エジプト軍のらしい施設がありました。
なぜかというと、この建物の右手にジェット戦闘機が置いてある
のをバスの窓から発見したのですが、カメラが間に合わず、


さらに建物の左手に戦車が置いてあったからです。
このあと間もなくバスは空港に着きました。


出国手続きも無事にパスし、
カイロ空港から飛行機は飛び立ったのでした。

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