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第2日目午前

 11月12日  ルクソール西岸観光(メムノン巨像、王家の谷) ルクソール東岸観光(カルナック神殿、ルクソール神殿) ソフィテルカルナック2泊目 

<事前学習>

ルクソールマガジンによると、王家の谷で新しい墓が発見されたとか、11月1日から博物館等の入場料が変更されたとかのニュースが出ていました。

・ルクソール(Luxor)は、エジプトの都市。古代エジプトの都テーベがあった場所で、現在も数多くの遺跡が残っている。市域はナイル川によって分断されている。
日が昇る方角であるナイル川東岸には、カルナック神殿やルクソール神殿など生を象徴する建物が、日が沈む方向のナイル川西岸には死を象徴する王家の谷や王妃の谷などがある。王家の谷にあるツタンカーメン王の墓は有名。市内にある遺跡の多くが、古代都市テーベとその墓地遺跡 として世界文化遺産に登録されている。1997年にルクソール事件が発生し、観光客が多数犠牲になった。引用はWikipedia


ルクソール西岸のハトシェプスト女王葬祭殿


<レポート>


6:47 ルクソールのホテルの涼しい朝、スズメがチュンチュン鳴く。
目覚めは、朝のお祈りのため近くのモスクのスピーカーから流れてくるコーランを読み上げる声でした。


朝食はビュッフェ形式でした。
ハムやソーセージはイスラム教の国なので豚肉を使わず少しパサパサした感じでした。
その他はなんでもあります。牛乳もおいしいです。
ただ、生野菜はお腹を壊すといけないという事前の情報があったので敬遠していました。


エジプトはパンの種類が豊富。歴史はとても古いようです。


インドにはナンというパンがあるけど、エジプトではエイシらしい。
私たちは最後までナンと呼んでいたけど・・・。


8:00 バスはホテルを出て田園地帯を走ります。
今日は午前中はナイル西岸、午後はナイル東岸を見学します。
エジプトでは古代から、ナイル川の西岸は死者の土地、日が昇る東岸が生者の土地とされていたそうです。


日本からのベテラン添乗員も居て、すばらしいマネジメントでしたが、エジプトにいる6日間は
大学で日本の勉強をした、日本語のたいへん上手なカイロに住んでいる現地人のガイドさんが来て
説明してくれました。


初めて見るナイル川です。ナイル川は赤道直下の雨量の多いサバンナ地帯にあるビクトリア湖
から流れ出て、豊かな水をエジプトまで運んできます。
全長6,650kmという世界最長クラスの川です。
ルクソールには橋が1本しかないため、バスは大きく迂回してナイル川を渡り、ルクソール西岸の
王家の谷に向かいました。


ナイル川の両岸の段丘まで農地が広がっています。食料自給率は実に100%だそうです。
日本の食料自給率はわずかに40%しかありません。
国民の食料が他国の好意に頼らなければ得られないというのは独立国とはいえないのではないでしょうか。
世界の人口が増える中、日本の将来が不安です。


 やがて、農地の向こうに白い山(石灰岩の山)が見えて来ました。


その白い山に向かってバスは走り、やがて・・・


白い山に登りはじめると岩山の上に建物が見えます。
この家はあのツタンカーメンの墓を発見し一躍有名になったハワード・カーターの住居だったんです。
また、近くには早稲田大学の調査隊の建物もありました。


今にも崩れ落ちてきそうな岩の間をバスは進みます。


8:57 添乗員さんが入場券を手に入れ、王家の谷の領域に入ります。私たちの専用バスをここに
おいて小さいカートでもう少し上に進みます。
ここでは入場券で3つの王墓に入ることができますが、ツタンカーメンだけは別料金が必要です。
王墓の内部はすべて撮影禁止になっていましたので墓室内の写真はありません。


王家の谷のジオラマが展示されていました。


 ここにある王家の墓は、ピラミッド時代より後の時代です。
 ピラミッドは特有の形が目立ち、内部への通路を隠すように工夫してあっても、王の来世
のための贅を尽くした副葬品は泥棒に盗掘されてしまいました。
 そこで、この谷に穴を掘って墓を作り、入り口は隠すという方法に変わってきたのだと聞
きました。 向こうに見える三角形の山は自然のピラミッドということらしいです。


ツタンカーメン王(1333-1323)の墓に入りました。ここは特にカメラの持ち込み自体を禁止していて、入り口で預けるように
なっていました。ちょうどこの時期、石棺の中には第2人形棺と、別室にはツタンカーメン王のミイラが公開されていました。
ツタンカーメン王の墓は1922年にハワード・カーターが発見しましたが、一部を除き、ほとんどが未盗掘でしたので、たくさん
の副葬品が見つかりました。それらは今回、後で行ったカイロのエジプト考古学博物館に展示されていました。
内部の壁面にはびっしりとヒエログリフで書かれたものや大きい神々の図などが彩色豊かに描かれていました。
3,000年以上前のものが、目の前で何かを訴えかけているように思え、感動でした。



ただ、ある理由からこの王と父の存在はエジプトの歴史から長い間抹消されていました。
今でもこの時代がなければエジプトはもっと繁栄していたかもしれないという人もいるぐらいなのです。
それはそれまでに力を得ていた神官たちの力をなくすための宗教改革でした。



ツタンカーメン王はアメンホテプ4世と側室キヤの子という説が有力でまだ若い少年の頃即位し、アンケセナーメンを王妃と
しました。残されている絵などから、二人は一足の履き物を片方ずつ履くようにとても仲が良かったといわれています。
ミイラの調査から死亡時年齢は19歳と推測されていて、死亡原因は陰謀による暗殺説もありましたが、現在では、当時の
2頭立ての戦車から落ちた大腿骨の骨折がもとになった感染症ではないかという説が有力だそうです。



その後、ツタンカーメンの後見役だったアイが王妃アンケセナーメンを妻とし、王位を継ぎ宗教を元に戻し、
またその後を軍の総督だったホルエムヘブが継ぐのですが、このあたりのことを詳しく探るとたいへんおもしろそうです。


ツタンカーメンの墓の右上では発掘調査が行われていて、出土品が並べられていました。
ツタンカーメンの継母ネフェルテティの墓ではないかと聞きました。


さあ、次は何処にしようかとまわりを見回しました。


トトメス三世(1479-1426)の墓の入り口にあった案内板です。


トトメス三世の王墓入り口は30mほど上の方にあり、急な階段で
上がっていき、次いで入り口を入るとどんどん下に下って行きました。


入場券で入ることができる3つめの王墓はラムセス4世を選びました。


ここには有名な天井画があることを知っていました。太陽の動きを表した胴の
長いゲブとヌトの女神が描かれていました。


パピルス版画集より


お墓を見たあとは、エジプト綿で作られた様々な衣服やバッグその他の道具などのお土産屋さん
の並んだ中を通ってバスに向かいます。
このツアーはめいっぱい見学を入れているのが特徴で、各地でのお土産を買うための時間がなく、
好みのものが目に入っても買うことが出来ないのが贅沢な悩みでした。


11:20 王家の谷の反対側、ナイル川に近い部分に大きな神殿がありました。
これはエジプトで最初の女性の王、ハトシェプスト女王(1479-1458)の葬祭殿です。
当時は女性の王は周囲の国から見下げられるので、公式な場では男として付け髭をつけたそうです。


バスの駐車場からはこんなトラクター列車で近くまで移動します。


ハトシェプスト葬祭殿の全景です。ハトシェプスト女王は、父はトトメス1世、母はイアフメス、
夫はトトメス2世、娘はネフゥルウラー。夫の跡を継ぐべきトトメス3世は幼かったため、以後
22年間にわたり共治王を務めました。対外的には男装し、あごに付け髭をつけていたそう
です。


正面です。石灰岩がいかに加工がしやすくても
これだけの大きな建築物を造った人々はすばらしかったと思います。


女性が王の座に座ることはかつてないことでした。トトメス1世を父にもつ彼女は、夫トトメス2世が
妾腹の子をトトメス3世にと遺言して逝去したので、幼いトトメス3世の代わりに王となり、戦争を好
まず、外交や公益で国力を保ったといいます。

このことについて、2説あり、自分の欲で王になったので、トトメス3世に恨まれ、トトメス3世が治世
についたとき、ことごとく像やレリーフを壊されたという説が1つ。

もう1つはトトメス3世とは仲が良く、代わりによく国力を保ち、トトメス3世の治世の基盤を築きあげ
たが、女性が王になったことを良く思わない他人が、彼女の功績を抹消しようとしたのだという説です。


彼女の死後、実権を奪われていたトトメス3世によるのか、初の女王を良く思わない人々
によるものか、かなりの損傷を受けていますが、時代を伺える彫刻も残っています。


次第に修復が進んでいます。11年前、1997年11月、ルクソール事件の現場となり、62人が
亡くなる事件が発生し、日本人も亡くなったことは記憶に残っているので、あちこちに軍や警察が
見えると安心します。


12:14 メムノンのアメンホテプ三世(1390-1353)の巨像です。高さ約18m。
どうしてこんなに忽然と巨像があるのでしょうか。
それは、元々は背後に葬祭殿があったのですが、次の王がてっとりばやく
自分の葬祭殿を建てるための材料にその石を持って行ったのだといわれています。


足下には奥さんの像でしょうか、寄り添って立っています。


バス移動中にあったモスクの塔です。
一日5回のお祈りの時間には、ここからスピーカーでお祈りの声が大音響で流されます。


これは何のビルでしょうか。冥界の支配者オシリスが、死ん
だ王の心臓をのせ、ダチョウの羽根をもう一方にのせ、王の
善悪を判断するという天秤が描かれています。
古代エジプトの神々


建築中のビル。このように柱と床ができていきます。その後、レンガを積んで壁を作るようです。


13:00 昼食です。ルクソールビールを飲みました。さわやかなビールでした。
このあと香水瓶の店に行き、おみやげに香水瓶と香油を買いました。

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