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湯築城跡(道後公園)


2006年5月3日 道後を散歩しました。昨夜の宿は「道後館」で温泉もあったのですが、やはり道後温泉本館にも入りたくなり、早朝に歩いて行ってきました。


本館の正面です。


料金窓口です。さすがに早朝から人気です。


私が出る頃には前の通りに行列ができていました。


朝日を受けて枝垂れ柳の若葉が輝いています。


道後終点の電車の折り返し場所です。
高知市と同じように市内を電車が行き来するので、松山市や京都市は親近感があります。


路面電車の道後駅から歩いて5分ぐらいのところに道後公園
があります。そこが湯築城跡の西入口です。堀沿いに歩いて
いると汽笛を鳴らしながら「坊ちゃん列車」が路面電車の軌道
上を走ってきました。また、道後駅前ではぼっちゃんやマドンナが
歩き回って記念撮影などのサービスをしていました。


堀を渡って城跡に入ると、道後公園管理事務所と湯築城資料館が
同居した建物がありました。


中ではガイドの方が観光客に説明しているところでした。


発掘したときの出土物のようすが床下に展示してありました。
この頃の容器は使い捨てだったようです。
湯 築 城
中世の伊予国守護河野氏の居城、湯築城跡。南北朝期(14世紀前半)から戦国期(16世紀末)まで、250年以上にわたって伊予国の政治・軍事・文化の中心でした。
 現在の道後公園全体が湯築城跡(南北約350m、東西約300m)で、中央に丘陵があり、周囲に二重の堀と土塁を巡らせた平山城です。築城当初は丘陵部を利用した山城でしたが、16世紀前半に外堀と外堀土塁を築き現在の形態になったものと推定されます。また、江戸時代に描かれた絵図から、東側が大手(表)、西側が搦め手(裏)と考えられます。
  (国史跡指定湯築城跡(道後公園)見学案内から)


発掘された容器などが復元されて展示してありました。


家臣団の屋敷のひとつが復元されていました。


内堀の土塁も残っています。


駅前に戻ると坊ちゃんに出てくる赤シャツの名前を見つけました。

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