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山口市とSL山口号


1999年5月26日 山口市を訪れました。


湯田温泉駅の前で。白狐がこの温泉地を発見したといいます。


明日の会議場を確認するついでに宿の周辺を散歩したら、青空に向けてパラボラアンテナが
たくさん並んでいるところや、中原中也の記念館などがありました。
もう少し歩くと木戸孝允旧宅や木戸神社等があったのですが、足が疲れて宿に引き返しました。


  宿の近くには山口なのに「東京庵」というおそば屋さん
があり、入ってみました。毛利家時代からの歴史ある
建物で勤王の志士たちが夜毎密議を交わしていたと
書かれていました。


1日半日程の会議が終わり、午後から少し山口市内の
見物をしました。山口駅に移動し、駅前で貸し自転車を
借り出発しました。


まずザビエル記念聖堂に行きました。
1549年に鹿児島に到着したザビエルは翌年山口に立ち寄り、1551年には京都まで行き、帰りに
また山口に立ち寄っています。


日本に初めてキリスト教を伝えた功績を称え、ここに記念聖堂が
1952年に建てられました。
1991年には火災に遭い焼失、信徒や市民、あるいは世界中の
人々の支援で1998年に再建されたそうです。
訪れたときは本当にまだ真新しい様子でした。


藩庁門前の堀にいたコイが、私がのぞくとぐるぐる回り始めました。


山口県庁です。新旧の県庁舎が対照的です。


県庁から西方に自転車を進め、少し北に入ると「瑠璃光寺」の五重塔がありました。
ここは道路際で、お寺というより公園といった感じです。
池に移った塔の姿や、池の中心部にある小岩に登ってひなたぼっこをしているカメの姿など、
ゆったり落ち着けるところでした。


さらに西方に自転車を漕ぎ短いトンネルを抜けると間もなく
「雪舟庭園」のある常栄寺です。


入場券の説明によると、大内政弘が別荘として画聖雪舟に依頼して築庭させたものを
母の菩提を弔うために妙喜寺としたそうです。
その後毛利氏の時代になって隆元の法名により常栄寺と改称したそうです。

 
市内を流れる「一の坂川」です。ここでは市街地の中なのに、夜になると蛍がたくさん飛んでいました。


SL山口号の列車に乗るために津和野にやってきました。
この通りにも藩校跡などがありました。
ここでも自転車を借りて列車の時間まで駆け足で散歩しました。


森鴎外の旧居です。
文久2年(1862)に生まれてから11才となった明治5年までここに住んだそうです。
きれいに保存されていますね。


津和野城跡に行こうとして、途中に赤い鳥居列があったので
登って行ったら立派なお稲荷さんでした。


さらに登ると津和野城跡の碑と説明板がありました。
全国でも有数の山城であり、永仁3年(1295)吉見三河守頼行が
築城したのに始まり、坂崎氏、亀井氏と引き継がれています。
1686年に落雷で天守閣が焼失、明治7年(1874)にはすべてが
解体されました。


城山から見下ろすと津和野の町が一望に見えました。
のんびり見ていると汽笛が山並みに反射してこだましたので
出発の時間が近づいたのに気づき急いで下山しました。


津和野駅です。


今日の目的のSL山口号です。


運転席も見せていただきました。
メーターやらバルブなどがたくさんならんでいました。


さすがにどっしりとした重量感があります。力強いですね。
山口駅までこの列車に乗って帰りましたが、昔の客車がまた
何とも言えずレトロな雰囲気に浸ってしまいました。

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