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上野周辺散歩


2007年2月25日(日)
 昨日のミニ同窓会のほとぼりも醒めないまま、早く起きて上野の宿を出発。山手線で日暮里まで。前回(2006/12/11)谷中霊園を訪れたときに見逃した牧野富太郎博士のお墓をまず拝観させていただきました。我が土佐の偉人ではありますが、東京で暮らすようになって最後はここで永眠されたんですね。寺田寅彦とは違う点です。
 今日の散歩はちょっと欲張って高知行き最終便の時間までに上野山周辺を左回りする計画を立てました。

 牧野富太郎墓 −> 森鴎外記念室 −> 根津神社 −> 東大 −> 麟祥院 −> 横山大観記念館 −> 湯島天神


 JR日暮里駅前の喫茶店で朝食を頼み窓の外を見ていると、
馬に乗った銅像が見えました。あれはだれだろうかと思って
いると、後ろの席でご近所のおばあさんだろうか、二人でし
きりにおしゃべりをしているのが聞こえてきた。。
 それがちゃきちゃきの江戸っ子の話し方で、本物をナマで
聞くのは珍しく、つい聞き入ってしまいました。


朝食を終え下に下りて見たのですが、どうやら太田道灌の
銅像らしい。この姿は鹿狩りにでも出たときのものかなあ。
荒川ライオンズクラブが寄贈したものということは分かりま
したが、全く説明書きがありませんでした。


駅を横切り丘の上に上がり谷中霊園に入り、先ずは以前見た
天王寺を見つけました。近代的な山門です。


山門前の間近に牧野富太郎墓を案内する石柱がありました。
その示す方向をたどるとまた石柱があり、案外簡単に見つかりました。


 初めて見る形のお墓です。英語の添え書きもあります。
 植物が好きで、独学で努力を重ねついに世界的な博士になりましたから
英語で名前を添えるのも当たり前といえば当たり前。
 高知県立牧野植物園はここ


団子坂に出ました。煎餅屋がありました。
ばら売りを買って食べたのですが、大きな煎餅です。
おいしいですがお腹がはりますね。


森鴎外記念室の看板が見えました。
先月、山口県萩の「森鴎外旧宅」を見たばかりです。


図書館の一部が記念室となっているようでした。


 旧宅の模型がロビーの中央に展示され、作品の関係は次の
部屋に展示されていました。館長さんか担当者かがすぐに出て
来て、外に出て庭も見て下さいと一声あり。
ここでいただいたパンフレットから抜き書きします。

 鴎外記念室の沿革

 鴎外の没後、観潮楼は2度の災害により焼失してしまいました。この観潮楼
の跡地に記念室を併設して建設されたのが鴎外記念本郷図書館です。文化勲章
を受賞した谷口吉郎氏の設計で昭和37年(1962)9月開館しました。平成18年
4月からは図書館部分が移転、本郷図書館鴎外記念室となりました。
 館内の鴎外記念室では遺品・原稿・書簡・日記などを展示しています。所蔵
資料は研究資料も含め約1万点を数え、観潮楼跡に建てられた鴎外研究のため
欠くことのできない施設として多くの方に利用されています。に


庭と向こう側の塀のあたりはそのままだそうです。
昔はここから海まで見通せたのですね。
この屋敷跡は通称「観潮楼跡」だそうです。
私は文化系ではありませんから資料にはあまり興味が無く、
また時間も気になり、すぐに出てしまいました。


次の目的地は根津神社です。
根津裏門坂を上り、それこそ裏門から入ります。


脇道を通り正面に出ました。
池に架かる橋から楼門に向かいます。
大権現というだけあって色遣いが派手です。

      根 津 神 社(根津大権現)

御 祭 神 須佐之男之命・大山昨命・誉田別命・大国主命・菅原道真公
例    祭 九月二十一日
御 由 緒 当神社は今から千九百余年の昔、日本武尊が千駄木の地に創始したと伝えられ
       る古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。
       江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継ぎが定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木
       の旧社地より御遷座した。
       明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を
       修められる等、古来御神威高い名社である。
江戸三大祭 六代将軍家宣は幕政をもって等車の祭礼を定め、正徳四年江戸全町より山車
        を出し、俗に天下祭と呼ばれる壮大な祭礼を執行した。現存する大神輿三基は、
        この時家宣が奉納したものである。
        同じ格式による三王祭、神田祭とあわせ江戸の三大祭と言われている。

 
根津神社のHPを見ると「右の随身は水戸光圀公がモデルといわれている」そうです。
(“随身(ずいじん)”とは、貴族が外出する際に警護にあたった近衛府の官人を指すそうです。)


立派な能舞台がありました。


手水舎も赤い色があります。


美しい唐門です。境内を囲む透かし塀も国指定の重要文化財です。

 
社殿の直近には狛犬さんもいました。前足のたくましい狛犬さんです。


梅が咲いていいお日和です。
本社殿も国指定重要文化財です。

少し時間がオーバーしたもののここまでは順調でした。


 根津神社を出て農学部脇を歩いていると何かの碑を見つ
けました。 この辺は高級住宅地で、家は小さいけど止めて
ある車はBMBとかベンツとか高級車が多いですね。


見つけたのは詩人のサトウハチローの旧居跡というもの。


 東大工学部脇に移り構内に入る門があったので、入ろうとすると
入試をやっているからだめと断られました。
しかたなく塀沿いに歩いていると竹久夢二の展示館がありま
したが、珍しくもなく、そのまま通り過ぎました。


 そういえば、弥生式土器発見地というのもありました。 明治十七年にここで発見された土器が
それまでの縄文式とは異なるものであったことから、この弥生町の名をとり弥生式としたと説明が
ありました。弥生時代ということばが先にあったと思い込んでいたので目からうろこでした。


 さらには弁慶井戸などというものまで見つけてしまいました。
 義経一行が奥州へ向かう途中、弁慶が見つけて一行の喉を
潤したとのことです。今は町中ですが、その当時は井戸を探す
のも大変だったのですね。


 とうとう不忍池に出ました。
 良い天気で幾艘も白鳥ボートを漕いでいる人がいました。


池沿いを歩いていると道路越しに横山大観記念館を見つけました。


横山大観の作品は多くは売り渡されていて、ここに展示されて
いるのはわずかですが、ここに住んで作品を制作していたとい
うことです。遺族が持っていた習作や遺品などが提供されて展示
されていて、あの作風がこの家から生まれたという感触が伝わ
ってきました。

この後、昼をかなり過ぎていたので空腹を感じ、すぐ近くにあ
った東天紅のバイキングを食べました。いろいろな食材があり、
楽しい昼食でしたが、ここで時間をかけすぎたのでした。


 急ぎ、徳川家光の乳母であった春日局が祀られている麟祥院
に向かいました。途中、時間があれば立ち寄りたいと思っていた
岩崎邸跡もありましたが、門前であきらまました。


麟祥院です。
湯島天神を横目に見ながら坂を上りたどりついたのですが、
残念ながら拝観の時間は過ぎていました。


 通り過ぎたとき湯島天神が大変賑やかだったので、初めて通った
通りだったのですが気が付きました。「梅まつり」だったのです。


てんこもりの祈願の絵馬。
入試シーズンでもあり、ほとんどが合格祈願のようです。


たくさんの出店が並び、撮影ポイントも占領されています。


以前に一度、10年ぐらい前に近くの大学での会議に出張して来たことがあり、昼休みの
散歩がてら訪れたことがあるのですが、その時はこの本堂が改修中ですっぽり覆いで隠れて
いました。梅の木がたくさん植わっているのは知っていましたが、このようにお参りするのに
行列ができ、梅祭りが賑やかになるとは思いもよらないことでした。

      湯 島 天 神 略 記

御祭神 天之手力雄命、菅原道真公
例祭日 五月二十五日

 湯島天神は雄略天皇の勅命により、御宇二年(458)一月創建と
伝えられ、天之手力雄命を奉斎したのがはじまりで、降って正平十年
(1355)二月佐藤寺が菅公の御遺徳を慕い、文道の太祖と崇め本社
に勧請し合わせて奉祀し、文明十年(1478)十月太田道灌これを
再建し、天正十八年(1590)徳川家康公が江戸城に入るにおよび、
特に当社を崇敬すること篤く、翌十九年十一月豊島郡湯島郷の
うち五石の朱印地を寄進しもって祭祀の料にあて、泰平永き世が
続き、文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。
 その後、学者・文人の参拝もたえることなく続き、林道春、松永尺
五・掘杏庵・僧堯恵・新井白石などの名が見える。将軍徳川綱吉公が
湯島聖堂を昌平坂に移すにおよび、この地を久しく文教の中心として
いよいよ湯島天満宮を崇敬したのである。
 明治十八年に改築された社殿も老朽化が進み、平成七年十二月、
後世に残る総檜造りで造営された。


本堂の後ろ姿ですが、梅の木と曲線の渡り廊下、それに
祈願の絵馬をセットにパシャッ。


どうやら以前訪れたときに入ったのが正門のようです。
ここで、時間がなくなり、急いで空港に向かうことになりました。


湯島天神から一番近い駅は御徒町駅です。
だいたいの方角を割り出し当てずっぽうに歩いていくと大通
りに出ました。湯島中坂下の交差点でした。ふと前を見ると5
〜8階建てのビルに挟まれて日本家屋が頑張って建っていま
す。思わずシャッターを切りました。フレーフレーと応援したい
気持ちです。

このあと、羽田空港に着いたのがぎりぎり20分前。ところが
何も土産を買ってないことに気が付き空港内の売店に立ち寄
ったのがいけなかった。航空会社から呼び出され、長い廊下を
走らされる羽目になってしまいました。ご迷惑をおかけしました。
m○m

これで2007年2月23日の皇居参観から3日間にわたる旅行は終わりです。旧交を温め、新旧の知識を得るいい旅行でした。

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