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小豆島


2010年3月20日(土) 瀬戸内海のオリーブと醤油の島へ行って来ました。


高知から高松中央まで自動車道で来て、高松港からフェリーに乗りました。
フェリー乗り場に到着すると、係が間もなく出港ですから乗ってから切符を
買って下さいと案内してくれて、滑り込み乗船でした。


約1時間で小豆島の土庄港へ到着。


最初に訪れたのは、小豆島オリーブ園です。


山の斜面には広大なオリーブ園があります。


オリーブ産品の売店と、その上にはレストランや展示室があります。


オリーブ油を搾るためのプレス機です。


オリーブの実をつぶすための挽き臼です。


売店でお土産を買い、昼食をとりました。
お薦めは「ひしお(醤)丼」でした。


オリーブの木でもこんな盆栽になります。


樹齢約100年の原木です。


幹はよじれて、魔法使いみたいです。


オリーブ発祥の地碑です。
明治41年(1908)農商務省が香川、三重、鹿児島の三県を指定し、アメリカから輸入した
苗木を用いて試験栽培を始めた。小豆島では519本を1.2haの畑に植栽した。
3年後の明治44年(1911)74.59キログラムの果実の収穫があり、オリーブオイルを絞った。


オリーブの丘から見晴らす瀬戸内の海です。今日は少し黄砂が飛んで霞んでいます。


次は醤油です。マルキンの工場に来ました。


創業80周年の時に記念館を作ったようです。


吉井勇の訪問碑もありました。


記念館では明治41年からの歴史を語る、様々な展示物が並べられていました。
古くからあった良質の塩造りと、文禄年間に始まった醤油づくりの技術が
小豆島の気候風土が適していたのとあいまって、醤油の一大産地になりました。
マルキンは明治40年(1907)に丸金醤油株式会社を資本金30万円で設立しました。


醤油を絞る器具です。


工場敷地内部です。


昔懐かしい郵便ポストも何気なく立っていました。


小豆島は花崗岩が島の基盤なので、良い石材があります。
大阪城の石垣もここから運び出していたようです。
「土庄町の小海地区の採石の歴史は、元和6年(1620)徳川幕府の大阪城拡張、
修築工事の際、豊前小倉藩細川越中守忠興・忠利父子の受け持ち丁場が置かれ、
大阪城の石垣石を産出したことに始まる。」


大阪城の石垣のために沢山石を切り出していたのですが、大阪城が完成した
後ここに残った石がそのまま並んでいます。


石材を陸上で運ぶための道具です。
コロの上に乗った木枠を修羅といい、石を運び終わると分解して丁場へ
持ち帰り、再び組み立てて石を載せ運びます。
また、修羅の向こうに見えるものはロクロと呼ばれる木製のウィンチです。


こんな筏の上に載せて運んだのですね。


本当に浮いているのかと思って、ロープを引っ張ってみたら、軽く動きました。


今日はついていて、往復ともフェリー乗り場には滑り込みで、乗り込むとすぐに
船は出て、まったく待つことがありませんでした。ラッキー!

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