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霊山神社ほか


霊山入り口
2003年8月18日 望みかなって再び京都へ
 京都は何度か訪れたことはありますが、幕末の歴史に興味をもってからは初めてです。
 もったいないことに前回まではあまり歴史に興味がないままに、紅葉やお寺の庭などを観光していたのでした。
 今回、京都を訪れた一番の目的は、高知にはない坂本龍馬&中岡慎太郎のお墓参りです。

霊山護国神社入り口
 朝一番、あいにくの雨でしたが、しっとりいい感じでした。
 有料なのでゲートがあります。一度中に入って見学していて
急にお腹の調子が悪くなり、ゲートの外のトイレに駆け込んだ
のですが、管理室の人がやさしく裏ゲートを開けてくれました。

龍馬&慎太郎墓登り口
 朝来たときにはだれもいませんでしたが、帰り際の昼前になると
雨にもかかわらず、結構若い人たちがお参りに来ました。

土佐藩招魂社
 明治2年に創立されています。
龍馬と慎太郎、その他100余烈士を祀ると記されています。
 昭和43年に高知県人会篤志家により再建されています。

墓前の広場
 11月のシーズンにはたくさん人が集まるのだろう、
はりまや橋を模した欄干のある広場が整備されていました。

広場から見た京都市内
 雨で煙っていて遠望があまりききませんが、五重塔(清水寺か?)
の向こうにぼんやりと町並みを見渡すことができます。

墓所正面
 気持ちを引き締めて鳥居をくぐります。周囲には龍馬への
メッセージを書いた瓦がたくさん並んでいました。 

龍馬&慎太郎墓
 神式でお参りします。左に坂本龍馬、右が中岡慎太郎。

籐吉墓
 龍馬、慎太郎とともに受難した用心棒の籐吉も左隣に眠っています。

墓所俯瞰
 この写真で墓所の全体構成がわかりますね。

龍馬&慎太郎小像
 墓所の右側にミニチュアの龍馬と慎太郎の像が置かれていました。
円山公園にはこれを拡大したものが設置されていました。

龍馬&慎太郎小像アップ
 寺田屋お登勢が画家田中松穂に描かせた絵をモデルとしていると説明されていました。
 桂浜の龍馬とは随分印象がちがいますねえ。

吉村虎太郎墓
 え、こんなところに天誅組の吉村虎太郎の墓が! 驚きでした。
 大和から遺髪か何かを持って来たのでしょう。

木戸孝允墓
 「内閣顧問勲一等贈正二位木戸孝允墓」
 桂小五郎というほうがわかりやすい。さすがに立派な墓ですね。

松子墓
 木戸孝允の妻松子の墓です。
 もとは幾松という芸者でしたね。
これから行く、木屋町筋の料亭で働いていたそうです。

高杉晋作などの墓
 はじめなかなか発見できなくて、たくさんの墓の
間を3周してしまいました。
 山口招魂社から少しはずれている感じがします。
 右から高杉晋作、来島又兵衛、久坂義助、
寺嶋忠二郎、入江久市、有吉熊次郎

霊山歴史館
 護国神社を出るとすぐ前に歴史館がありました。

翠紅館跡
 坂を下り大鳥居までの間に志士たちの集合場所と
なっていた「翠紅館」がここにあったという。
 土佐藩では武市半平太も来たらしい。

円山公園
 円山公園の龍馬&慎太郎。
 この二人はいつも並んでいて欲しいですね。

八坂神社
 霊山から円山公園を通り、八坂神社を抜けて街に出ました。
 この日はとても歩き疲れましたが、念願が果たせてよかった。
 でも、この日はまだ木屋町散歩が続きました。

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