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乃木神社



 2007年2月23日 皇居の参観を終わり、地下鉄で赤坂にやって
きました。「ちょっぴり寂しい乃木坂〜」と歌われる乃木坂です。
 もとは幽霊坂と呼ばれて寂しいどころじゃなかったらしいです。


歩道にはきれいなタイルが敷き詰めてあります。


赤坂の街の中にぽっかりと、乃木神社です。
祖父は海軍で水雷艇に乗っていました。日露戦争に出撃
していて、その自慢話を小学生の私によくしてくれました。

 
前足のなかなか立派な狛犬さんです。


 さらに入っていくと、左手に門があり、旧乃木邸裏門とあります。


表に回ると正門があり、「旧乃木邸」という石柱が建てられていました。


正門を入ると左手に従者待合い室がありました。
時代を感じますね。


正門を入り右手には立派な厩がありました。
上級の軍人ですから、馬も自前で持っていたのですね。
特に乃木大将は馬をかわいがっていたそうです。


 正門を入り正面には玄関があります。
 ずいぶん高床で、西部劇に出てきそうな感じです。
 明治35年に新築され、乃木夫妻は大正元年(1912)明治天皇に
従って殉死するまで、ここに住んでいたそうです。


なんだろうと思って説明を見ると、「乃木大将と辻占売の少年」だそうです。
祖父は「ここはお国を何百里〜♪」とよく歌っていましたが、そんな話は聞いたかなあ。

 
旧邸から離れて神社に行きました。外の狛犬さんと同じく前足の大きいスタイルです。
なんだかスフィンクスに似て、外国の狛犬さんのようです。


 手水舎です。「心洗」という文字が彫られた水盤です。


拝殿です。後に本殿がありました。
乃木大将を祭神とする乃木神社です。

        由    緒

大正元年九月十三日、明治天皇の御崩御に殉じて、乃木将軍御夫妻が自刃さ
れてから、その誠烈に感激して乃木邸へ来観するもの日を追ってその数を増
していった。
そこで東京市長阪谷芳郎男爵等が広く同感の士に諮り、中央乃木会を組織
し、乃木邸内小社に、御夫妻の英霊を奉安し、毎年九月十三日には祭儀を挙
行し、或いは青少年への兼修を開催し、乃木精神の宣揚に意を効した。
大正五年立太子礼に当たり、将軍在世中の忠節を思し召され、正二位を追贈
された。
大正八年神社創立を許可せられ、明治神宮の御鎮座を期して御造営の事業が
起こされ、大正十二年十一月一日鎮座祭を斎行した。
昭和二十年五月二十五日、空襲により本殿以下社殿が焼失したが、全国崇敬
者の熱意により、昭和三十七年九月復興した。


社務所の横に宝物殿がありました。ここには乃木大将の
殉死の刀や勲章、遺墨などの遺品が収められていました。
陸軍と海軍の違いはありますが、祖父の時代−明治維新
後の時代の生き方を垣間見たような感じがしました。
次はこの近所の赤坂「勝海舟邸跡」です。
(なお乃木家墓所は青山霊園にあるそうです。)

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