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日光東照宮


2001年9月15日 同窓会が東京であることをネタに前日から寝台特急で上京し、東武日光線に乗り継いで日光にやってきました。


 寝台特急で寝ている間に豪雨が降り、ずいぶん遅れて東京に
着き、日光に着いたのも予定よりだいぶ遅れていました。


 バスが着いたのは西参道近くで、方角もわからないまま
矢印に従って歩きました。


やっと見つけた東照宮への入り口の鳥居でした。
今から思えばここは日光二荒山神社の出入り口だったような。


昼なお暗いスギ(ヒノキか?)木立の間を歩く。
伊勢神宮の木立を思い出していました。


 東照宮の入り口表門です。
 あまり天気はよくありませんが、人はとぎれることがありません。
戊辰戦争の時、徳川家康の菩提寺である東照宮を焼こうとした
官軍の中で土佐藩軍が他の藩軍を説得し守り抜いたおかげで、
現在も美しい文化の集積である東照宮を私たちは目にすること
ができます。


門を入るとすぐ神厩舎があり、有名な、みざる、いわざる、きかざるの彫刻がありました。


 石段の向こうに霞んで見えるのが絢爛豪華な陽明門です。


 石段を上がり振り返ると鐘楼がありました。
 お寺につきものの鐘と鳥居が同じ場所にあるのは東照宮ならでは。


 きらびやかな陽明門ですが、今日は天気が悪いので霞んでいます。


 門の両側の塀にも素晴らしい彫刻が飾られています。


 陽明門を見上げると彩色された龍の首がたくさん突き出ています。


 その下の欄干のような部分には小さな人形がたくさん並んでいます。
これらも美しく彩色されています。
この大きな門全体が彫刻の展示場のようです。


 陽明門から一歩中に入ったところにある唐門です。ここにも
すばらしい彫刻が並んでいます。本殿、拝殿への入り口になり
ます。


 かの有名な左甚五郎の作といわれる眠り猫です。


 坂下門。ここから坂を上り家康公の廟に至ります。


徳川300年の基礎を築いた家康公のお墓です。
当初は木造でしたが、石造りに改められ、五代将軍綱吉
の時唐銅製(金、銀、銅の合金)に改められたそうです。


 家光公のお墓があるのですが、夕方になり時間がないので
仁王門までしか行けませんでした。


 8世紀末に、日光を開山した勝道上人の創建による四本竜寺を起源とし、
日光山の中心寺院として発展してきましたが、承応2年(1653年)に、三代
将軍・徳川家光公の霊廟である大猷院が境内に造営されて以来、徳川
幕府の尊崇を受けました。大猷院霊廟本殿・相の間・拝殿が国宝に、
その他の37棟が重要文化財に指定されています。(輪王寺公式HPより)


帰り道だったので立ち寄ったのですが、さすがに大きなお寺です。


世界遺産「日光の社寺」について
 1999年(平成11年)の12月2日、モロッコのマラケッシュで開催された第23回世界遺産委員会において、「日光の社寺」が世界遺産に登録されました。
  世界遺産に登録された「日光の社寺」の内容は、日光山内にある二荒山神社、東照宮、輪王寺の103棟(国宝9棟、重要文化財94棟)の「建造物群」と、これらの建造物群を取り巻く「遺跡(文化的景観)」です。
【世界遺産の名称】 「日光の社寺」(Shrines and Temples of Nikko)
【所在地】 栃木県日光市
【登録遺産の範囲】 二社一寺(二荒山神社、東照宮、輪王寺)及びこれらの建造物群をとりまく遺跡からなり、その中には国宝9棟、重要文化財94棟の計103棟の建造物群が含まれる。
   (日光市社会教育課の世界遺産のページから)

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