よいよい写真館番外編>宮島

宮島


2005年9月29日 宮島を訪れました。  −>2006年7月の鳥居を小舟でくぐるのも後ろにつけました。
宮島は古くから日本三景のひとつとして有名でしたが、平成8年(1996)に世界遺産として登録されました。
世界遺産の範囲としては厳島神社境内地と弥山北斜面の431.2haが登録され、それ以外の島内が緩衝保護区域として設定されています。


宮島口と宮島は小型のフェリーで往復します。


船が進むとやがて弥山を背景に海岸に建つ社屋や鳥居が見えだしました。


宮島に着きました。団体客は船から下りるとそれぞれガイドがつき、
出発前にこれからの見学コース概要などの説明を受けます。


鹿は朝、この階段を下りてきて餌をもらい、夕方にはこの階段を上がり山に帰っていくそうです。


角が生えかけている若い鹿です。


5分ぐらい歩くと門があり、「日本三景宮島」の標柱が立っていました。


海の方を眺めるとなるほど美しい景色です。

 
私の好きな狛犬さんがいました。大きくてどっしり座っています。

 
一の鳥居、二の鳥居と進むごとに狛犬さんがいました。
これはずいぶん高い台に乗っていました。


二の鳥居の海岸から海の鳥居がいい角度に見えます。


本殿などのようすもよく見えます。
平安貴族の夢の具現化がこの竜宮城のような神殿だったのでしょうか。

 
社屋にたどりつく前にまた狛犬さんがいました。これもりっぱなもので尾道市長などの文字が見えます。


廊下に上がって本殿の方向を見ました。野外の平舞台、高舞台が見えます。


赤い柱に灯籠の列が添えられ、厳かな雰囲気が漂います。


廊下の内側も朱塗りです。


賽銭箱越しに見た本殿です。
御祭陣 市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命
由緒 推古天皇の元(593)年11月申の日の御鎮座
元官幣中社

 
中央の広場にもツヤのある狛犬さんがいました。
この島は狛犬のオンパレードですね。
これはいかにも唐獅子という感じです。


左手が能舞台です。

 
境内裏に回ると飛びかかる準備をしている?狛犬さんがいました。


五重塔です。
神仏混淆の厳島神社では五重塔もありました。
朱塗りがまぶしいくらいでとてもきれいでした。


千畳閣です。
豊臣秀吉が天正15(1587)年に発願したけれど秀吉が亡くなり
未完成のままだtいうことです。畳を敷き詰めると857枚敷く事が
できるそうです。秀吉はここで何をしようとしたのでしょう。


はじめは島で人が住む事は禁止されていたのですが、やがて
神社関係の人が住むようになり、またそのうちに生活物資関係や
観光みやげ店などができたそうです。


ここの名物はしゃもじです。「めしとる」という縁起ものだそうです。


2006年7月28日 今回は宮島に宿泊しました。


宮島に再びやってきました。


連絡船から赤い鳥居が海の中に立っているのが見えました。


港から送迎バスでやってきたのは今夜泊まる、しにせの旅館「岩惣」です。


旅館はもみじ谷公園の入り口にありました。


世界文化遺産となった宮島の観光案内図です。もみじ谷は厳島神社のすぐ後ろです。


目がかわいいですね。


潮が引いた境内です。


赤い柱の廊下を平安の貴族が優雅に歩いていたのでしょうか。


能楽堂です。演舞を鑑賞するには少し遠い感じですが。
前回も潮が引いていたのですが、潮が満ちるとどんな感じでしょうか。


たもとの傾斜はたいへん急で、神様だけが渡ることが出来るような神橋です。


廊下から見た五重塔です。


もみじ谷も少し散歩してみました。親子でくつろぐ鹿です。


澄んだ水をたたえた池です。


さて、こちらもくつろいで夕食です。


上品なお料理が次々と出てきました。おいしいと思って食べていると、知らない間にお腹が満腹でした。


窓から見える庭は自然の谷で、もみじの木がライトアップされていました。


最後の締めです。


宿から案内があり、夜の満潮時に船に乗りました。
小船は港から出て鳥居の外側にやってきました。


そして何と鳥居をくぐったのです。
海からの参拝ということで、起立して二礼二拍手一礼です。


前回は入らなかった豊国神社の千畳閣の中です。
天正15年(1587年)、豊臣秀吉が戦で亡くなった者への供養として毎月一度千部経を読誦するため
政僧・安国寺恵瓊に建立を命じた大経堂だということですが、完成前に秀吉が亡くなったため、天井も
壁もないまま放置されたということです。


広い広い。廊下も長い。


もみじ谷にもみじ饅頭に、マンホールももみじでした。


宿のすぐ下の商店街です。ここから港に向かって土産物の商店街が続きます。


帰りはゆっくりとしまなみ海道を通り、帰ってきました。

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