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伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)


2003年8月17日 京都に幕末の歴史を訪ねに行く道中に、淡路島で日本最古の神社といわれる伊弉諾神宮を訪ねました。


淡路島は平成7年に震度7の激震を受け、大鳥居などが倒壊して
しまいましたが、篤志家の奉納により再建しています。
真新しい大鳥居、こまいぬさんに迎えられて中に入りました。


二ノ鳥居までにも灯籠がならんでいました。


その先には神池に架かる石橋がありました。
その向こうには檜皮葺の神門が門を開いていました。


門をくぐると広大な境内が開けて、正面に立派な拝殿が建っていました。

     伊 弉 諾 神 宮

御祭神 伊弉諾大神(いざなぎのおおかみ) 伊弉冉大神(いざなみのおおかみ)
御社格 延喜式神名帳 名神大社
     淡路国一之宮
     明治18年官幣大社
     昭和29年神宮号宣下
御由緒
 古事記、日本書紀には、国生みに始まるすべての神功を果たされた伊弉諾大神が、御子神なる天照大御神に国家統治の大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に、「幽宮」(かくりのみや)を構えて余生を過ごされたと記される。その御住居跡に御陵が営まれ、至貴の聖地として最古の神社が創始されたのが、当神社の起源である。地元では「いっくさん」と別称され日少宮(ひのわかみや)・淡路島神・多賀明神・津名明神と崇められている。
 本殿の位置は、明治時代に後背の御陵地を整地して移築されたもので、それ以前は禁足の聖地であった。御陵を中心として神域の周囲に濠が巡らされたと伝へ、正面の神池や後背の湿地はこの周濠の遺構とという。
 建物や工作物は、明治9年から同21年に官費で造営されたものがほとんどだが、神輿庫及び東西の御門は、旧幕時代の阿波藩主の寄進による。
 境内地は約一万五千坪。沖積地にあって天然記念物の大楠など照葉樹林に覆われ、四季を彩る草木が繁茂する日本最古のお社である。江戸時代の地誌によれば、2丁四方の社地を領したとあり、広大な神域であった。



 拝殿の奥の本殿を見たいと思い拝殿横に来ましたが、檜皮葺の
歴史を感じさせる雰囲気が満ちていました。
 ここではついつい「古事記ものがたり」という本を買ってしまいま
した。


柵の外から本殿をのぞかせてもらいました。
「建物や工作物は明治9年から21年に官費で造営されたものが殆どだが、
神輿庫及び東西の御門は旧幕時代の阿波藩主の造営による」そうです。


環境庁・兵庫県の名でわかりやすく「国生み伝説」が解説されていました。

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