よいよい写真館番外編>弘前ねぷた村、弘前城

弘前ねぷた村、弘前城

2001年8月13日


弘前駅に着きました。


弘前城の堀がすぐ近くでした。


青森は「ねぶた(nebuta)」、弘前は「ねぷた(neputa)」と異なるようです。


祭りの山車を展示してありました。


少しですが実演もありました。


こんな可愛いのもありました。「干支ねぷた」だそうです。


山車のデザインの元になる絵です。


鷹岡城あるいは高岡城とも呼ばれる弘前城が近くにあるので訪れました。これは追手門ですね。


追手門を入ると広場、庭園があり、天守も見えていました。


天守の窓から堀に架かる橋を見たところです。


高知城と同様に、現存12天守に数えられる天守です。
戦国時代からこの地を治めていた津軽為信は関ヶ原の戦いで東軍につき、
慶長5年(1600)徳川家康より2,000石の加増を受け、47,000石の弘前藩となりました。
鷹岡に築城途中で為信が死去しましたが、二代信牧が引き継ぎ慶長16年(1611)ほぼ完成。
しかし寛永4年(1627)落雷により天守を焼失、約200年後の文化7年(1810)現在残る天守が建てられました。

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