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平城宮跡


2010年5月4日(火)みどりの日です。
「平城遷都1300年祭」で賑わう奈良を歩きました。お天気が良くて暑いぐらいの一日でした。

 「遷都」とは一般的には、一国の政府の三権(立法、行政、司法)全部と王宮を他の都市(新しく作る場合もある)に移転することとあります。平城京は、人口が増えてきた自国民に対しても外国の客人にも自慢できるように、国の総力をあげて新しく作られた都でした。
 「天平の時代」ということを聞いたことがあります。和銅三年(710)に藤原京から移った平城京遷都から、延暦十三年(794)の平安遷都までを天平時代というそうです。
 仏教は、蘇我氏や、蘇我氏の一族であった聖徳太子など、貴族を中心としたものでしたが、聖武天皇になるとさらに盛んに普及させ、渡来人の技術を使って寺を造り仏像もたくさん作るようになりました。
 これまで藤原京に住んでいた人々はほとんどがそのまま移住し、その付近にあった大安寺・興福寺・薬師寺などの大寺も平城京に移転しました。そのうえ聖武天皇は、地方にも国分寺を建立する勅令を出し、奈良には総国分寺として大仏を収容する東大寺を建立し、さらに孝謙天皇は、東大寺と反対側に西大寺を建立しました。

 平城京跡に関して奈良県立橿原考古学研究所が作った平城京クイズがあります。易しい解説がとてもいいです。


近鉄大和西大寺駅から15分ぐらい歩き、平城宮跡に入ります。
「平城」の読み方は「へいぜい」が本来ですが、「へいじょう」が普及してし
まっているのでこのイベントでも「へいじょう」を使っているとのことです。


あちこちに発掘調査用の仮設の建物があり、イベントに利用されています。


今回再現された大極殿が遠くに見えます。


ここではいくつかの体験イベントがありました。
また、天平当時の衣装に着替えて見学に出ることもできます。


反対側には朱雀門が既に再現されていますが、門の手前を近鉄が走って
いるという可笑しい状態があります。


塀に囲まれた大極殿の前庭から大極殿を見たところです。
単に前庭というには広すぎます。


正面から見た大極殿です。幅44m、奥行き20m、高さ27m、直径70cmの
朱色の柱が44本使われているそうです。また、屋根瓦は約9万7千枚使われ、
平城宮の中でも最大の宮殿だったそうです。


舞台が設営され、和太鼓のショーが実演されていました。


ただの広場ではというのでしょうか、パンジーの植栽を置いてあり、彩りと安らぎを演出していました。


当時の衣装をまとった見学者たちが大極殿を背景に記念撮影をしています。


斜めから見た大極殿です。


朱雀門へ向かう見学者たちです。


朱雀門です。手前に近鉄の線路があります。遣唐使船の模型はこの向こうに
あるのですが、もうあまり時間がありません。
朱雀門の両側にある高さ5.5mの塀がぐるり平城宮を取り囲んでいたそうです。
この門から外には格子状の道路に沿って寺町などが広がり、東西約4.2km、
南北約4.8kmの平城京となっています。


振り返ると大極殿が遠くに見えます。
天平の遠い昔に思いをはせた1日でした。


何かお土産をと思って販売所をのぞいたのですが、一杯の人でごった返していました。
平城宮跡のHP

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